福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)581号 判決 1981年2月25日
控訴人
山下清一
控訴人
道山米子
右両名訴訟代理人
諫山博
同
小島肇
被控訴人
古賀勝
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人道山米子は被控訴人に対し、原判決別紙目録一及び二に記載の土地、建物を明渡せ。
三 控訴人両名は各自被控訴人に対し、昭和四九年五月一二日から控訴人道山米子が右土地、建物を明渡すまで、控訴人山下清一は月額金一六万円、控訴人道山米子は月額金二一万円の各割合による金員を支払え。
四 被控訴人のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一は被控訴人の、その余は控訴人両名の各負担とする。
六 この判決は被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一請求原因1、2項の事実、及び控訴人道山米子が本件土地、建物を占有していることは当事者間に争いがない。
二ところで、被控訴人は控訴人らが意思相通じて本件土地、建物を不法に占有していると主張し、これに対し控訴人らは控訴人道山が賃借権に基づいて本件建物を占有しているにすぎない旨抗争するので(もつとも、控訴人道山は控訴人山下から本件建物を賃借したと主張するものであるが、控訴人山下自身すでに被控訴人の承諾を得ないまま本件土地上に右建物を所有していたものであるから、その買取請求権の行使により右建物の所有者になつたにすぎない被控訴人に対しては、もともと右賃借権の主張が許されないのではないかと解されるが、そのことはこれをさておき)、まずその点を検討するに、<証拠>によれば、次のような事実が認められる。
1 控訴人道山は昭和二八年頃、当時福岡県大牟田市不知火町その他においてパチンコ遊技場を経営していた控訴人山下と知り合い、そのうち同控訴人が熊本県八代市において経営するパチンコ店の責任者として勤めていたが、昭和二九年一一月頃、控訴人山下に誘われて福岡県大牟田市に移り、その頃右控訴人が同市常盤町で新しく始めた「ここだ」パチンコ店の営業上の名義人となるとともに、その責任者として働くようになつた。控訴人山下には妻子があつたが、控訴人道山と関係ができ、昭和三二年九月一三日には二人の間の子供として修一が出生した(控訴人山下はその後昭和三四年七月七日右修一を認知した。)。
2 その間、控訴人山下は昭和三三年一〇月頃、訴外佐田ヨシノらから更に新たなパチンコ店を開くため同市大正町の本件建物を賃借していたところ、右佐田らの経済的事情などから同年一一月六日頃にはこれを買受けることになり、同年一二月上旬までにこれにパチンコ遊技場としての設備一切を整え、やはり「ここだ」パチンコ店の屋号のもとに、控訴人道山の名義で県公安委員会から風俗営業の許可を受けさせたうえ、その営業上の収益等によつて控訴人道山と修一の生活を維持させる趣旨で、これに控訴人道山らを入居させ、爾来今日まで、営業許可の申請をはじめ、所得税の申告、電話料金の支払など、右パチンコ店の営業に関する一切を控訴人道山名義で処理させてきている。
3 ところで、控訴人山下は本件建物の買受に際し、その敷地である本件土地の所有者の被控訴人に対し、前記佐田から控訴人山下への借地権譲渡の承諾を求めて交渉を続けていたが、遂にその承諾を得ることができず、昭和三四年には被控訴人から控訴人山下を被告として、福岡地方裁判所大牟田支部に建物収去、土地明渡と損害金の支払を求める訴訟が提起された。右訴訟は第一審において被控訴人の請求中損害金の一部が棄却されたが、双方からの控訴、付帯控訴により第二審では被控訴人の請求が全部認容され、更に控訴人山下からの上告も棄却されて、控訴人山下に本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和三五年一一月七日から昭和三九年五月三一日までは月額金二万円、同年六月一日から右土地明渡ずみまでは月額金五万円の損害金の支払を命ずる判決が確定した。
4 しかし、控訴人山下から昭和四三年二月一三日、本件建物につき借地法一〇条による買取請求権の行使をしたことを理由に、反対に被控訴人に右建物買取代金一〇〇〇万円の支払を求めるとともに、右代金の支払がない限り、前記確定判決に基づく建物収去、土地明渡の不許を求める請求異議の訴訟が提起された。そして、右訴訟の第一審は、本件建物が地主である被控訴人の承諾を得ないまま控訴人山下によつて無断で増改築されており、これを原状に復しないままでなされた買取請求は許されないとして、控訴人山下の請求を全部棄却したが、第二審は控訴人山下が買取請求の代金を増改築前の本件建物の価格金一六七万六九九〇円に減額したことから、右買取請求を認め、前記確定判決に基づく執行を本件建物からの退去、土地明渡の範囲に限り、それを越える部分を許さないとした。しかし同時に、本件建物について当時訴外株式会社熊本相互銀行のため、被担保債権極度額金七〇〇万円及び金六〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたことから、右根抵当権の滌除の手続が終るまで、被控訴人は買取代金の支払を拒みうるものとして、右買取代金の支払があるまで本件建物の明渡を拒みうるとの控訴人山下の留置権ないし同時履行の抗弁を排斥した。この判決に対しては双方から上告を申立てたが、いずれも棄却され、右第二審判決が確定した。
5 そこで、被控訴人において改めて前記確定判決に基づき、昭和四八年七月二七日、控訴人山下に対する本件建物からの退去、土地明渡を求める強制執行に着手したところ、控訴人山下及び控訴人道山の両名において、本件建物は昭和三三年から控訴人道山が賃借しているとして、その明渡を拒んだため、被控訴人から更に本件訴訟が提起されるに至つた。
三以上のような経緯が認められるところ、控訴人らは控訴人道山が昭和三三年から本件建物を賃借している旨主張し、原審及び当審における控訴人ら各本人尋問の結果は右主張に副うものであるが、控訴人山下は控訴人道山との前記のような特殊な関係から、本件建物にパチンコ店としての設備を完備したうえ、控訴人道山及び修一の両名をこれに入居させ、営業を行わせているものであり、その間に本件建物の使用の対価と目すべき金員(賃料)の授受も認められず、にわかに措信しがたい。
控訴人らは本件建物の賃料として当初月額金二万円の約定があり、その後、時期は定かではないが月額五万円に増額されたと主張し、控訴人道山の昭和三九年以降昭和五一年分の所得税申告書にはこれに符合するかのごとき記載が認められるが(丙第二六号証の一ないし六は、当審に至つてはじめて提出されたもので、その作成の経過も明らかではなく、にわかに採用できない。)、右金額はまさに被控訴人から本件建物の敷地である本件土地につき、不法占拠を理由に支払を求められてきた地代相当額であり、右所得税申告書に必要経費として掲げられたところも、右借地料の年間合計額であり、その支払先も控訴人山下ではなく被控訴人とされていること、そして、<証拠>によれば、控訴人山下が当初佐田ヨシノから本件建物を賃借した際の約定は敷金二〇〇万円で賃料月額金八万円であつたことが窺われ、これらの事実からすれば、右は本件建物におけるパチンコ営業の必要経費として、被控訴人に支払うべき本件土地の地代相当額を計上したにとどまり、控訴人らの間に本件建物使用の対価としての賃料支払の約定があつたものとはいまだ認めがたい。
更に、<証拠>によると、控訴人山下が昭和四五年九月一六日訴外株式会社熊本相互銀行のため、本件建物に元本極度額金六〇〇〇万円の根抵当権設定登記をした際、同時に本件建物に右訴外銀行を権利者とする停止条件付賃借権設定の仮登記を経由していることが認められ、このことは賃借権の存在に一層疑問を抱かせるものである。
なお、本件建物におけるパチンコ店の営業が、営業許可をはじめ全てが控訴人道山の名義で処理されていることは一応事実と認められるが、右控訴人は本件建物に移る以前の大牟田市常盤町の「ここだ」パチンコ店でも営業上の名義人であつたものであり、その点は控訴人道山が控訴人山下の単なる占有補助者ではなく、その間に使用賃借と目すべき関係の存在までは認め得るにしても、必ずしも本件建物の賃借権の存否とは関連がない。
その他控訴人道山の賃借権を認めるに足る証拠はない。
四してみると、他に特段の主張も立証もなく、控訴人道山は被控訴人に対抗し得る権原なくして本件土地、建物を占有しているものというべきところ、さきに認定したような控訴人らの特殊な関係、被控訴人と控訴人山下間のこれまでの訴訟の経過に、被控訴人の本訴請求に対し、控訴人ら両名して賃貸借契約の存在を主張し抗争してきている事実を併せると、控訴人山下は控訴人道山と共に、意思を相通じて本件土地、建物を不法に占有し、被控訴人に対し少くとも本件訴状送達の翌日である昭和四八年九月一三日以降、右土地、建物の賃料相当額の損害を負わせているもの認めるべきである。
五そこで、本件土地、建物の賃料相当損害金の額を検討するに、原審鑑定人姫野健治の鑑定の結果によれば、(原審鑑定人広嶋直澄の鑑定の結果はその計算方式に疑問があるので採用しない)、右鑑定は昭和四八年九月一三日の時点において、本件土地、建物の賃料を月額金二五万円と鑑定していることが認められるが、これは本件土地、建物が大牟田市内の商店街と歓楽街を結ぶ中間の商業地域に位置し、パチンコ店営業という特殊な用途にあてられていることを前提に、特に積算賃料の算定において、期待利回りを土地については六パーセント、建物については一〇パーセントと比較的高めに評価しているところ、もともとその基礎となる土地の評価額が金三一八〇万六九五〇円(一平方メートル当り一七万五〇〇〇円として計算した額から調整率五パーセントを減じた額)と高額であること、及び控訴人山下から当初買取代金一〇〇〇万円で本件建物の買取請求がなされたとき、パチンコ店への増改築が無断でなされたことを理由に、これを含む買取請求が認められず、結局、前記のように改築前の価格として金一六七万円余で買取が認められていることなどを考慮すると、むしろ期待利回りは控え目に土地につき五パーセント、建物については八パーセントとするのが相当であり、これによると純賃料(年額)は土地分が一五九万〇三四七円、建物分が二八万四六九六円、合計一八七万五〇四三円となるので、これに右鑑定による必要諸経費六五万六二二五円を加えた二五三万一二六八円を更に一二で控除した二一万〇九三九円が積算賃料(月額)となる。そして、右鑑定の結果から窺われる諸事情を勘案すると、月額二一万円をもつて損害額とするのが相当である。
六もつとも、控訴人山下は被控訴人との間に、前示福岡高等裁判所昭和四〇年(ネ)第一六六号、第二七〇号事件の確定判決によつて、昭和三三年一一月七日より昭和三五年五月三一日まで月額金二万円、昭和三九年六月一日より本件土地の明渡まで月額金五万円の割合による損害金の支払義務が確定しており、被控訴人が本訴で請求中の損害金は右土地の賃料相当分を含んでいるので、控訴人山下に対する関係では、右確定判決に抵触しないかの問題がある(もちろん、本訴で請求の損害金中には建物の賃料相当分もあり、その部分に疑問はない。)。しかし、<証拠>により昭和四二年五月一六日に言渡されたと認められる右確定判決のうち、昭和三九年六月一日より本件土地の明渡まで月額金五万円の損害金の支払を命じた部分は、将来に継続しての損害金を含んでいるところ、かかる場合、右請求は判決確定後相当期間内に該土地の明渡がなされることを予定し、その前提での損害額であるから、それが本件のように控訴人らの抗争によつて土地の明渡が数年に及んで遅延し、しかも経済状態の変化などにより確定判決の損害額が不当に低廉となつたとき、いつまでも増額請求が認められないとするのはいかにも不当であり、賛同できない。そして、前記鑑定の結果と弁論の全趣旨によれば、少くとも被控訴人が本訴で請求の昭和四八年九月一三日の時点では、右増額を相当とする事情の変更が認められ、被控訴人の控訴人山下に対する請求は、前記債務名義がある月額金五万円の損害金を控除し、それを越える部分、月額金一六万円の範囲でこれを認容すべきものである。
七更に、控訴人山下は被控訴人において本件建物の買取代金一六七万六九九〇円を支払つていないので、右代金の支払があるまで本件建物の明渡を拒み得る旨、留置権ないし同時履行の抗弁を主張する。しかして、<証拠>によれば、借地法一〇条による本件建物の買取請求につき増改築分を除外した当時の価額として右代金額は相当なものであつたと認められるところ、被控訴人が現実に右代金を支払つていないことは当事者間に争いがない。しかしながら、右買取請求権行使の当時、本件建物につき訴外株式会社熊本相互銀行のため債権元本極度額金七〇〇万円及び金六〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたことは、控訴人山下の自認するところであり、してみると、右根抵当権の滌除の手続が終るまで被控訴人は代金の支払を拒み得る事情にあつたものといいうるから、もともと控訴人山下には留置権ないし同時履行の抗弁を認める余地がなく、直ちに本件建物を明渡すべき義務を負うていたものである。そして、仮に控訴人山下が右明渡義務の履行を怠つて数年を経た後に、前記各根抵当権設定登記の抹消手続を終了したからといつて、今更右のような抗弁権が復活するものでないことはいうまでもない。
しかも、被控訴人は当審における第八回口頭弁論期日において、右買取代金と控訴人山下が負担すべき昭和四八年九月一三日以降の前記賃料相当損害金とを対当額において相殺する旨意思表示をしており、右事実は当裁判所に顕著なところであるが、控訴人山下の右賃料相当損害金債務は、前記確定判決に基づくものと本訴において認容されるものとを合せると、月額金二一万円となるから、これによると、昭和四八年九月一三日から七か月と二九日分、すなわち昭和四九年五月一一日までの損害金と相殺され、右買取代金は完済されたことになる。
以上のとおりであつて、他にこれを左右するに足る証拠はない。
八してみると、控訴人道山は被控訴人に対し本件土地、建物を明渡し、かつ、控訴人両名は各自被控訴人に対し、右相殺がなされた以後の昭和四九年五月一二日から控訴人道山が本件建物を明渡すまで、控訴人山下は月額金一六万円、控訴人道山は月額金二一万円の範囲で賃料相当損害金を支払う義務があり、被控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきところ、原判決は一部結論を異にしているのでこれを変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(矢頭直哉 権藤義臣 小長光馨一)